星屑から「アメリカン・ヒーロー」へ 3: トニー・ビラカーナ誕生  

 
 
ABCテレビの会議室には、ジョイスとジャンが期待した通りの言葉が飛びかっていた。
「いくつだって? 20歳!もっと若く見えるなあ」
「身長は?6フィート1インチ。大丈夫だ」
「正面、横顔、申し分なし!」
「目がいい!」
「絶品だね」
「フランス系なの?アクセントは?」
「ダイアローグ・コーチをつけよう」
「演技の実績がない?かまわないじゃないか。このルックスなら、経験があるかどうかなんてブッとばしてしまうよ」

マイケルのスクリーンテスト版は最後に上映された。彼女たちが約9週間かけて全米5大都市をまわり、1日ほぼ150人の新人をインタヴューして発掘したのは、たったの5人、ドナ・ディクソン、アン・ジリアン、ラルフ・マッチオ、ジェニファー・ビールスと、そしてマイケルであった。マイケル以外の4人は、ただひたすら役者を目指してきた若者たちである。野望も執着も並々ならぬものがあった。彼らは、だから、それぞれ「見せ場」というものを心得ている。どんなアングルだったら自分の魅力が全開するのか、カメラを追う視線はどう動かせばいいのか。

マイケルはと言えば……まあ、なんと天衣無縫であろうか。歩く、立ち止まる、振り向く、笑う、相づちを打つ、見つめる。そのどれも「見せ場」と言えるシロモノではない。カメラがどこにフォーカスしているのかさえわかっていないかのようだ。それなのに、見る者を魅きつけてやまない不思議な磁力がある。根っから俳優を志している若者たちの後で、マイケルの荒削りな素材そのままの新鮮さが際だった。ニューヨークのオーディション会場に同席していたABCのゲイリー・パドニーとランディ・ジェームズがマイケルの印象を説明した。瞳に光があって、動作が爽やかだった、と。そして二人は口をそろえて言った。

「あの笑顔には降参だな」

マイケルの映像をラストにもってきたのはジョイスの自信だった。それは、欲がない、野心がない、演技経験がない、といったマイナス面を逆手に取って、これを魅力に転じさせる作戦でもあった。

数々のスターを発掘した彼女の目に狂いはなくてもTV局の意向は絶大である。彼らがそっぽを向けばなんの意味もない。磨きあげた完成品を見せる代わりに、素材のインパクトで勝負する。カメラを十分に意識したいかにも俳優向きの笑顔が並んだ後に、なんにもしないマイケルの映像をありのまま彼らの目の前に置く……。ジョイスの作戦は見事だった。

「よし、使おう」

7500ドルのデビュー。ジョイスは、直ちにキャスティング・ディレクターとしての行動を開始した。どんな作品がマイケルのデヴューにふさわしいか。彼女は「ロックフォードの事件メモ」など多くのヒットシリーズをもつ著名なプロデューサー、スティーヴン・J・キャネルに、マイケルのスクリーンテストを見せた。キャネルは、ちょうど「アメリカン・ヒーロー」の主役二人、ウィリアム・カットとロバート・カルプを口説き落として、その脇を固める多彩なキャラクターを探しているところだった。マイケルのショットを見たキャネルは、即、彼を高校生役の一人に、と望んだ。そのトニー役は悪ガキではあるが、ひと癖もふた癖もある落ちこぼれクラスをまとめるだけのカリスマ性がなければならない。それに根は優しい男の子として視聴者の共感を得られるキャラクターであってほしい。マイケルはキャネルの描くそんなトニーにぴったりだった。

カメラテストからしばらく経ったある日、マイケルの電話が鳴った。

「ジョイス?どちらの?」

日常生活に戻っていたマイケルは、最初ジョイス・セルズニックからの電話がわからなかった。カメラ・テストまでこぎつけたものの、スカウトキャラバンの全貌を知らされていなかったマイケルは「20ドルのタクシー代」がオーディションの結果だと納得していたフシがあった。新しいTVシリーズのトニー役に決まった、とジョイスが伝えたとき初めて、マイケルは今話している相手があのジョイス・セルズニックであることを知った。その時の戸惑いと驚きを、マイケルは昨年新たに収録されたインタビューで振り返っている。

2004年4月半ば、マイケルは「アメリカン・ヒーロー」の同窓会に出席した。製作者のスティーブン・キャネルを中心に集まったかつての仲間たちはそれぞれにアメリカン・ヒーローのその後を生きており、パーティは感慨深いものだったようだ。同窓会はDVD化の準備へとつながり、主な出演者のインタビューが実現した。若さ弾ける放映時と20数年後の「トニー」マイケルを堪能できる長時間のインタビューはトニーファンには特に興味深い。また当時推測されていたことではあるが番組打ち切りの真相をプロデューサー、キャネルが語っていることも興味深い。その原因はロバート・カルプのシリアス指向にあった。これがキャネルのユーモア路線維持と相容れず、番組のスピンオフとして「アメリカン・ヒロイン」を製作したが買い手がつかず、結局シリーズは終了した。このお蔵入りとなった未放映の「アメリカン・ヒロイン」、そしてマイケルなど出演者のインタビューは、特典映像として「アメリカン・ヒーロー」第5弾(タキ・コーポレーションより2005年5月27日発売)におさめられている。閑話休題。

マイケルのもとへ、TV局のタレント契約書、ファースト・クラスのエアチケットと共に、7,500ドルの小切手が送られてきた。「アメリカン・ヒーロー」パイロット版の出演料である。マイケルが無鉄砲な面会を求めてからまだ幾ばくも経っていないのに、早くも俳優としてのキャリアが離陸しようとしていた。マイケルはまず小切手をキャッシュに換えた。そしてほとんど買い占めんばかりに4箱ものシャンペンを購入した。20年間を過ごしたブルックリンに別れを告げるために。愛する母や、兄、姉妹たちと遠く離れたハリウッドで新しい出発をするサヨナラ・パーティのために。家族は彼の旅立ちを喜んだのだろうか。

「僕の意思を尊重してはくれたけれど、母も兄や姉たちも反対だった。不安定な職業だからね。でも僕はそんなたいそうなことだとは思わなかった。チャンスがやってきたから掴んだ、それだけだった。そんなんじゃ生活できっこないってみんなに言われた。なら、やってみたらいいじゃないか。テリー(マイケルのすぐ上の兄、テレンス・パレ。すでに数冊の小説が出版されている。「フォーチュン」誌の編集者)だって、1冊目の本を出したばかりなんだよ。だから彼に言ったんだ。ほら、夢がかなったじゃないか。冒険しなけりゃ、なにも得られないよって」

はじめてのハリウッド。飛行機での初めての旅。しかもファースト・クラスで、夢の世界ハリウッドへ向かっているのが信じられない。きのうまで、摩天楼がそびえるニューヨークの片隅で自分の生活をエンジョイしていた。いつも乗っていたバスや地下鉄。職場とアクティング・スクールへ通い、仲間たちに会うにはそれで十分だったのである。その当時、マイケルは車の運転さえできなかった。機上で特別のサービスを受けながら、急展開した数カ月を思い浮かべた。そして自分を待ち受けているハリウッド。

ハリウッドの第1日目。マイケルは「ホリデイ・イン」の23階の部屋で目覚めた。カーテンを開けると、部屋の窓からかの有名な「HOLLYWOOD」の文字が見えた。そのときの情景を話すマイケルはふっと微笑んだ。

「ここはハリウッドなんだ」

そこが新しい職場だと思うと、たった一人で見知らぬ部屋にいることが彼の不安をかき立てた。彼はマネジメントをしてくれることになったジョイスに電話をかけた。精いっぱい虚勢をはるつもりだったのに、口をついて出たのは全然違う言葉だった。


「アメリカン・ヒーローは僕のガラじゃないと思う」

「何をピーピー言っているの、マイケル。一体誰に電話しているつもり?あなたが今やらなくちゃいけない事を言いましょう。とにかくここへいらっしゃい。そして感謝しなさい!」

ジョイス・セルズニックは、マイケル・パレという俳優の資質に関する限り、そのすべてを知悉し把握しており、さらに優れた洞察力をもっていた。あなたの容姿が、この希代のプロデューサーの目を引いたのではないか、というインタヴュアーの問いに、マイケルはこう答えている。

「ひとつの物差しにはなったとは思う、たぶんね」

「それが僕を世の中に出したきっかけだったし、誰かが僕の肩をたたいたのも、そのせいだったから。たしかにジョイスは、僕の外見をみて"アメリカン・ヒーロー"に推薦してくれたんだと思うよ。だって僕が演技の勉強をしたのは、たったの1年半なんだ。その僕を、彼女はすぐテレビに出してくれたんだ」

断言するが、と、マイケルにインタヴューした記者は綴る。マイケル・パレの成功が彼の容姿に負うところ大であるのは言を侯たない。それは誰もが認めるところであろう。彼の容姿がパワーの源泉であるには違いないのだけれど、スクリーンで彼が喚起する特別の効果を、ルックスだけで説明することはとうてい不可能である、と(「SPOTLIGHT」1989年巻頭インタヴュー)。マイケルは、答えに詰まったこどものように困惑する。

「人がぼくの中に何をみるのか、僕には全然わからない」

マイケルの新しいキャリアはこうしてスタートした。それから10有余年、「MIKE'S DINER」と名付けるつもりの小さなレストランをもつ夢を抱いていた若者は今なおファンを魅了し続けている。ほとんどの俳優がそうだったように、その間、マイケルその人も栄光と失意のハリウッド流洗礼を避けて通ることはできなかった。デヴュー時代を振り返ってくれたマイケルに、記者は最後の質問を試みた。

「あなたの最大のウィークポイントはなんだと思いますか」

それ以上の説明はできない、と記者はレポートしているのだが、マイケルの表情が"ゆらめいた"………そして彼は静かに言った。

「認めてもらいたいといつも思っていること。認めてもらえなかったら、自分は良くないんだ、と考えてしまうんだ。そして認めてもらえたら…そのことが信じられないんだ」

        

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