バイオグラフィー/ パート3

家族や友人に別れを告げ、新しい冒険が始まった。あとでわかったのだが、フランコ・ゼフィレッリ監督、ブルック・シールズ主演の『エンドレス・ラブ』のスクリーンテストに呼ばれたその日は、『アメリカンヒーロー』のためにLAに発つ日だった。だから、NYで待つよう言われたときには、わるいけど飛行機に乗らなきゃいけないのでタクシーをつかまえなきゃ、と言ってLAに向かった。
ホリデーインは当時ハイランドとハリウッド通りにあって、朝部屋のカーテンを開けるとあのハリウッドの文字が見えた。だから、これは夢じゃないんだと思ったよ。ルームサービスを頼んだら、何とこの勘定も払う必要がないのを発見したりね。ABCテレビやスティーブン・キヤネル社の誰かと会う時以外は大体部屋で食事をした。ある時、スティーブン・キャネルがムソー・フランクスというハリウッドの有名な店にランチに連れて行ってくれた。そこはサイレント映画の時代からずっとスターたちが常連になっているレストランなんだ。僕はスティーブン・キャネルがどういう人物なのかよく知らなかった。ジョイス・セルズニックに僕のボスになる人だと言われるまでは。
スティーブンは僕のアパートが見つかるまでの間、車を貸してくれた。僕はそれまで車を持ったことがなかったので、駐車券をもらったんだけどそれを捨ててしまったんだ、映画の中で男たちがやっていたように。それがあとで困ったことになった。『アメリカンヒーロー』の撮影が始まった頃、輸送担当の責任者が未払いの駐車料金のことで手錠をかけられ連行されたからだ。そのことで僕は今まで責任者スタンピーに謝る機会がなかった。申し訳ないと思っている。
スティーブンが『アメリカンヒーロー』の脚本読み合わせに出演者を集め、そのとき僕は出演者全員と初めて会ったんだ。ドン・セルバンテスやフェイ・グラントとはすぐ友達になり、近所に住むようになった。フェイが僕らを車に乗せてってくれた。しばらくの間僕らは本当に仲のいい友達だった。でも、後でわかったんだけど、撮影が始まる前に俳優たちがストライキを起こしたために、僕はLAではやることがなくなってしまい、演技のクラスに戻って撮影開始を待つ羽目になった。
ジョイス・セルズニックと彼女のパートナー、ジャン・マコーミックはしょっちゅう僕を自宅に招いてくれた。ジョイスは僕の非公式のマネージャーになった。当時彼女はABCテレビと契約していたからだ。

(訳:オリオンの三ツ星)











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